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がんと向き合うためのFIRST GUIDE
MetLife 生命保険のメットライフ生命

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生き方を考える がん体験者による座談会

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「大切な人とのコミュニケーション」
〔40歳代・50歳代編〕

隠していても子どもはわかる。
自分たち家族で抱え込まないで、専門家の上手な伝え方を頼る

パートナー、年老いた親、そして子どもたち。周りには余計な心配をかけたくない大切な人がたくさんいます。
がんにかかったことをどのように伝えていったのか。告知の話題を中心に、大切な人とのコミュニケーションを
どのように取っていったのかを語ってもらいました。

協力:認定NPO法人キャンサーネットジャパン

パートナーに協力してもらうことが絆を保つ

大友
うちはごく普通の夫婦ですけど、乳がんの確定診断が出たとき、夫から「これからは共同作業でやっていこう」という提案がありました。それで「決断はどっちがする?」と聞かれたので「私がする」と答え、夫には情報収集の役割を担ってもらいました。こうした経験からパートナーには、何らかの役割を持ってもらうほうが、お互いの絆を保つうえでもよいのではないかと感じています。
浜田
僕の妻も病院には必ず付き添ってくれて、主治医の説明も一緒に聞いてくれます。僕のがんに関する情報はすべて共有しているので、二人の間で隠し事はないし、僕から妻にがんの告知をする必要はなかったです。困ったのは、僕の母親にどう告げるかでした。

高齢の両親へ、がんを打ち明けるとき

木口
年を取っている親には心配をかけたくないから、がんになったことはとても言いにくいですよね。告知を受けた日、たまたま母と会う約束をしていたのですが、何も言えずに帰ってきました。この先、どうなっていくのか自分でもわかっていないなかで、がんになったことだけを伝えると、私より母のほうが強いショックを受けると思ったからです。母には後日、治療の見通しが立ち、自分のがんに対する理解がしっかりできてから淡々と伝えました。とにかく「私は大丈夫だから」と。
長谷川
お母さんの反応は?
木口
落ち着いて受け止めてくれたように思います。内心あわてていたのかもしれないけど、娘が頑張ろうとしているのに自分が取り乱してしまったら、娘の気持ちが萎えてしまう、と感情を表に出さないように気遣ってくれたのかも……。
浜田
僕も母に伝えるのは、つらかったです。父を肝臓がんで亡くしているので「また、がんか」って母が落ち込むことは目に見えていましたから……。だから、会わずに電話でサクッと伝えましたけど、母は「そんな体に産んでごめんね」と電話口で泣いていました。
大友
うちの母も同じことを言いましたよ。がんと関係がないことはよくわかっているけど、そのころは自分のことで精一杯だから、母の言葉を否定する気力もなくて、暗いムードがどんどん漂っていきました。
浜田
木口さんのように、親には「大丈夫」と言い続けて、安心させてあげるしかないようにも思います。
中島
私も、乳がんが見つかった年の初めに、父をがんで亡くしていて、そのことを母が引きずっていたので、まず、兄だけに伝えました。そして、一呼吸置いたところで母に告げたのですが、こちらが拍子抜けするほどあっさりと受け止めてくれました。私が乳がん検診で度々引っかかっていたり、祖母が乳がんサバイバーだったりしたこともあるのかもしれませんが、母は「乳がんでは死なないでしょう」くらいに思っていたように感じます。

子どもへの接し方、伝え方はさまざま

木口
大人の場合は、それまでにどのようながん体験をしているのかということも、受け止め方には影響するのかもしれません。老親だけでなく、理解が十分にできない子どもにがんを伝えることも、ためらいますよね。
大友
私は当時、3歳と8歳だった子どもに伝えました。「一緒にお風呂に入るのに、子どもだって母親の片胸がないのはおかしいと思うから、言わないでおくのは無理だろう」と夫が言い出しまして……。でも、がんとは伝えなかったです。「ママは胸におできができて、これを取ることになりました。それで、こっちの胸がなくなります」と。「がん」という言葉を使ってもよくわからないと思ったので、「おでき」という表現にしました。
浜田
お子さんがもう少し大きくなってから、病気について話したことはありますか。
大友
いいえ。それ1回きり。抗がん剤治療を受けているときに、子どもと電車に一緒に乗っていて、週刊誌の中吊り広告に「〇〇さん、がん闘病 壮絶死」みたいな文字がおどっていて、それを子どもがじっと見ていたときは焦りました。私のがんについて、きちんと話すべきか散々迷ったのですが、黙っていることにしました。でも、成長してくると、子どもはがんがどういう病気なのかわかってきます。隠してもおけず、最近は、私の病気のことをオープンにして、がんの患者団体の活動にも、子どもたちを連れて行くようになりました。
長谷川
僕の場合、最初は言えなかったです。発病当時、子どもは6歳と8歳でした。入退院を繰り返していたから、父親が病気だということはわかっていたと思いますが、この先、どこまで生きられるかわからない状況だったので、面と向かって伝えられなかった。でも最近、がんのドキュメンタリー番組に出演することになり、遅まきながら、きちんと伝えることにしました。他人から「おまえの父ちゃん、肺がんらしいな」と伝わる状況はまずいと思ったからです。家族会議を開きましたが、その席でも、やっぱり言えなくて、妻が「お父さんは肺がんです」と伝えました。そしたら、子どもたちは「そんなの知っているよ」って。
大友
親がいくら隠しても、家の中には、がんに関する本や資料がたくさん置いてあるし、子どもたちはわかってくるのですよね。14歳になる上の子に聞いたら、教えてもらえなくても「少しずつ知っていった」といいますから。

子どもへの伝え方は専門家に頼ってみても

長谷川
子どもは、自分が置かれている運命を受け入れて、けっこう強く生きていくという専門家の意見もありますが、自分の状況を受け入れられない子どもに強いストレスがかかると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症することもあり得ると聞いて、子どもときちんと向き合い、親のがんのことを伝える必要があると思い直しました。今、がん医療の現場においても、子どもに親のがんをどのように伝えるかということは、とても関心が持たれていて、チャイルド・ライフ・スペシャリストをはじめ、臨床心理士、医療ソーシャルワーカー、看護師など、さまざまな職種がサポートしてくれるようになりました。自分たちで抱え込まないで、医療スタッフのこういったサポートをもっと頼ってもよかったかなと思っています。

座談会出席者プロフィール

  • 長谷川 一男さん

    長谷川 一男さん
    (はせがわ・かずお 45歳)

    39歳のときに肺がんを発病。ステージIVと診断される。「肺がん患者の会ワンステップ!」代表。

  • 浜田 勲さん

    浜田 勲さん
    (はまだ・いさお 53歳)

    49歳のときに希少がんの一種である耳下腺がんを発病。現在、肺に転移。「耳下腺癌に負けないぞ! 腺様嚢胞癌の記録」と題し、ブログで治療情報を発信。

  • 大友 明子さん

    大友 明子さん
    (おおとも・めいこ 51歳)

    45歳のときに乳がん検診で乳がんが見つかる。乳がん患者のための「モヤモヤの会」を主宰。

  • 中島 香織さん

    中島 香織さん
    (なかじま・かおり 51歳)

    48歳のときに乳がんを発病。がん情報サイト「オンコロ」スタッフ。

  • 木口 マリさん

    木口 マリさん
    (きぐち・まり 41歳)

    38歳のときに子宮頸がんを発病。フォトグラファー・ライターとしてがん患者関係の出版物の制作にも携わる。

記事一覧

第4回「がんになったからこそわかったこと」
40歳代・50歳代編
20歳代・30歳代編
第3回「がんになっての人生を考えたとき」
40歳代・50歳代編
20歳代・30歳代編
第2回「大切な人とのコミュニケーション」
40歳代・50歳代編
20歳代・30歳代編
第1回「がんと診断されたそのとき」
40歳代・50歳代編
20歳代・30歳代編