野球観戦と健康の意外な関係性、認知機能の改善に期待

早稲田大学・樋口名誉教授の提唱するアクティブ・エイジング“動楽(どうらく)”

メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2020.10.22この記事の所要時間:約5分

 

認知症の方は高齢者人口とともに増加し2012年時点で約460万人、2025年には約700万人まで増加すると予想されています(※1)。認知症は、加齢が原因のひとつである以上、誰もが発症する可能性があり、対策が必要です。そこで国会では「認知症の予防等を推進しながら、認知症の人が尊厳を保持しつつ社会の一員として尊重される社会の実現を図る」という目的のもと「認知症基本法案」が審議されています(※2)。

日本全体の課題になっている認知症予防。それに対して「プロ野球観戦が高齢者の健康に与える効果」というユニークなアプローチで研究を行なったのが早稲田大学名誉教授・樋口満さんです。西武ライオンズと共同で行なった野球観戦と高齢者の健康についての研究は、認知症予防にも効果を期待できるとのことで、日本のみならず世界からも注目を集めています。今回は、樋口さんに研究結果や認知症予防、さらに教授の考えるアクティブ・エイジングについて伺いました。

依然として新型コロナウイルスの感染は広がっています。球場で観戦される場合は、ご自身の体調などを十分考慮し、感染防止対策を行ってください。

球場での野球観戦と高齢者の健康について研究した理由

早稲田大学は、創立者である大隈重信氏が「知育・徳育・体育の三者は相並行して進まざるべからずは、今更の問題にあらず」と語り、創立当初から学業とともに学生のスポーツ活動に力を入れています。その精神のもとでスポーツ科学に携わる人材育成や研究を行なっているのが、所沢キャンパスにある早稲田大学スポーツ科学学術院です。

スポーツ科学学術院のある早稲田大学所沢キャンパスのほど近く、自然溢れる狭山丘陵の中に本拠地球場を構える西武ライオンズ。地域に密着したプロ野球チームとして「野球振興」「こども支援」「地域活性」「環境支援」に取り組む「L-FRIENDS」というプロジェクトを行なっています。L-FRIENDSの中で西武ライオンズは、埼玉県と2016年6月にプロ野球チームとして初となる「包括的連携協定」を結びました。その背景には、プロ野球チームと自治体が一体となり、地域活性化に取り組みたいという想いがあります。そのひとつとして取り組んでいるのが地域の高齢者の健康増進です。

西武ライオンズの取り組みと、スポーツ科学を研究する樋口さんの研究の組み合わせである「プロ野球観戦が高齢者の健康に与える効果」。この共同研究に至ったきっかけを樋口さんは次のように語ります。

「ちょうど2016年に西武ライオンズが埼玉県と包括的連携協定を結び、いろいろと活動をされる中で声をかけていただいたのが研究のはじまりですね。私たちのいる所沢キャンパスと西武ライオンズの拠点であるメットライフドームはご近所ですし、地域自治体の協力も得られるので、2016年に『プロ野球観戦が高齢者の健康に与える効果』という題材で共同研究することになりました。全国的にもですが、近隣住民の高齢化も進んでいますし、国際的にみても例のない研究なので楽しみでしたね」

樋口満さん

球場での野球観戦で高齢者の抑うつ症状と認知機能が改善

研究では、過去3年間で3回以上の競技会場でのスポーツ観戦経験がなく、埼玉西武ライオンズのファンクラブ会員でない高齢者に協力を仰ぎ、「1.【予備研究】(小規模な調査)1回のプロ野球観戦で高齢者の感情や幸福感に与える影響」と「2.定期的なプロ野球観戦が高齢者の健康指標に与える影響」という2つの実験を行いました。

その結果、1.の研究では協力いただいた方が、球場でのプロ野球観戦後に主観的な幸福感が高まったという結果が得られたのです。実際に試合観戦することで観戦前はリラックス感が高まり、試合後は幸福感が高まることが確認され、高齢者に良い感情の変化が現れました。また、試合の勝敗と感情・幸福感に関連は見られず、単純に応援や雰囲気を楽しむことが効果的という研究結果を報告しています。

1.の予備研究を踏まえたうえで行なったのが2.(「定期的なプロ野球観戦が高齢者の健康指標に与える影響」)の実験です。2.でも、1.の研究と同様に、競技スポーツを観戦する習慣を持たない人を対象としています。地域に住む高齢者58人(男性32名、女性26名)に無料観戦券を配り、月に2回以上(2時間以上/回)観戦してもらい、生活の質(QOL)や抑うつ症状、主観的幸福感、認知機能、身体活動量の調査を実施。また、無理して観戦しないという条件を設けて、シーズンを通して自主的に観戦してもらった、というところもポイントです。

メットライフドームでの試合風景

結果として、定期的に球場での野球観戦を楽しむことで抑うつ症状や認知機能の改善が見られました。スポーツをすることで健康になるという研究はさまざまありますが、スポーツ観戦と健康の関係性についての研究は珍しいと樋口さんは話します。研究結果については、国内はもちろん世界からも注目され、2017年7月20日にSAGE出版社の国際学術誌(Gerontology & Geriatric Medicine)、2019年5月16日に日本老年医学会の公式国際学術誌(Geriatrics & Gerontology International)へ掲載されました。発表した論文には多くの声が届いたそうです。

「今回の研究は、野球の本場アメリカでも興味を持たれ、国内では新聞にも掲載されました。スポーツが認知症の予防や軽減になるという研究はたくさんありますが、スポーツをするにしても、観戦するにしても、まずは楽しむことが大切だと思うんですよね。それが明らかになったことはとても有意義に思っています。“健康のためだから、スポーツをしなければいけない”という義務感で行動してほしくはないですからね」

スポーツをするのも、観戦するのも楽しむことが大切

ユニークなスポーツ科学を研究する樋口さん。樋口さん自身は野球観戦をどのように考えているのでしょうか。

「高齢になると出不精になるというか、外出する機会が少なくなる方も多いのではないでしょうか。そんな人に外出して元気になってもらうきっかけとして球場での野球観戦は最適だと考えます。観戦なら実際にスポーツをするより気軽ですし、ほかのスポーツと比べて、野球の試合は表裏があり、交代がありとゆっくりと楽しめます。 日本でポピュラーなスポーツでもありますから高齢者の人も観戦しやすいと思います。テレビ観戦ではなく、実際に球場に足を運ぶことで活動量も増えますし、家族や仲間と応援すれば新しい会話やつながりも生まれますよね。球場での野球観戦は、外出により得られる身体的な健康への影響だけでなく、メンタル面の健康にも良いと思います」

そんな樋口さんが提唱しているのが“ボールパーク”という構想です。最近、アメリカでは野球場を“スタジアム”ではなく、“ボールパーク”と呼んでいます。“ボールパーク”は、野球観戦だけではなく、公園や遊園地のように家族みんなで楽しむアミューズメントパークとして愛されています。樋口さん自身、野球が大好きでアメリカのセントルイス(ミズーリ州)に住んでいたときに、メジャーリーグのセントルイス・カージナルスの本拠地「ブッシュ・スタジアム」に何度も足を運んだそうです。試合以外でも楽しませる工夫がたくさんあり、年齢や性別問わずに観戦したくなる“ボールパーク”という考え方が日本でも浸透してほしいという想いを持っているのだそう。

「私見ですがまだ日本の野球は“おじさんが観るスポーツ”という印象が強いと思っており、西武ライオンズには、“ボールパーク”という考え方を大切にしていただきたいと考えています。最近では、若い人や女性の野球観戦も増えていますが、もっと地域に根付いた球団としてアピールしていく必要があると思います。そうすれば高齢者もさらに足を運びやすくなりますよね」

西武ライオンズでは、メットライフドームエリアの改修計画を進めていて、自然豊かな半ドームという特性を活かした四季折々の風情が楽しめる“ボールパーク”を計画中。外周エリアの拡張やドーム前広場の整備なども行なっており(2020年10月現在)、野球観戦を中心にいろいろな用途での活用を楽しめる空間になっていく予定です。

メットライフドーム

楽しく体を動かす“動楽(どうらく)”=アクティブ・エイジング

アクティブ・エイジングとは「活発な高齢化」とも呼ばれ、歳を重ねてもQoL(Quality of Life:生活の質)を低下させることなく、健康的に社会参加し続けていくことを指します(※3)。早稲田大学で「アクティヴ・エイジング研究所所長」の顧問も務める樋口さん。樋口さんは老後も健康に過ごすポイントとアクティブ・エイジングについては無理せず、楽しく体を動かす“動楽”という考え方を提唱しています。健康というと、「毎日運動しましょう」「野菜中心の食事を摂りましょう」といった健康のために“すべきことを課す”ものが多く、疑問を感じていると話します。それよりは、楽しく体を動かす“動楽”の方が人生は豊かで充実したものになるのではないかと教えてくれました。

「例えば、毎日1,000歩多く歩きましょうと言われても、なかなかできるものではないですよね? 健康のために運動する、医療費削減のために運動する、高齢者が健康にならなくてはいけない—— そういう考え方では続かないと思うんです。そうではなくて本人が楽しむことこそ大切。楽しんで運動しているうちに健康になるというのが理想的です。そこで“動楽”なんですよ。音楽は、音を楽しむと書きますよね。語呂合わせですが、それと同じように運動も動くことを楽しむ“動楽”が大切です。楽に動くのではなく、動くことを楽しむというのがポイント。そういった意味では、人と人のつながりも大切ですよね。一人で黙々と歩いたり、走ったりするのは大変。でも一緒に楽しむ人がいれば、自然と続けられるものです。そういった意味で家族や仲間と楽しめる球場での野球観戦は“動楽”と言えるでしょう」

スポーツ観戦とアクティブ・エイジングの未来について

最後にスポーツ観戦とアクティブ・エイジングの未来について伺いました。

「 私は2019年3月に早稲田大学を退職しましたが、この想いや成果は未来の研究者にも託していきたいですね。日本は世界的にみても超高齢社会で、認知症予防をはじめとして健康研究で最先端でなければいけないと思います」

未来に向けた取り組みとして、早稲田大学スポーツ科学学術院ではWASEDA'S Health Studyという研究も行なっています。WASEDA'S Health Studyは、健康に関して20年間の長期にわたって追跡調査を行うという壮大なプロジェクトです。早稲田大学卒業生および同伴者を対象として、2,000人を目標に参加者を募りながら現在進行中です。認知症予防はもちろん、運動や生活から健康を考え続けている早稲田大学スポーツ科学学術院と樋口さん。日本の未来のために“健康研究の最先端”を走る姿がそこにはありました。

樋口満さん

<樋口満名誉教授のプロフィール>
1949年愛知県生まれ。名古屋大学理学部卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。教育学博士(東京大学)。専攻は運動生理・生化学。現在、早稲田大学名誉教授。ハンガリー体育大学名誉博士。第20回秩父宮記念スポーツ医・科学賞功労賞を受賞。編著書に『ローイングの健康スポーツ科学』『体力の正体は筋肉』など多数。

※1 厚生労働科学研究費補助金 厚生労働科学特別研究事業「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度総括・分担研究報告書. 2015) (最終アクセス 2020年10月6日)
※2 衆議院ホームページ「衆法 第198回国会 30 認知症基本法案」
※3 WHO『「アクティブ・エイジング」の提唱. ――その政策的枠組みとまちづくりチェックポイント』萌文社 2007

*記載の情報は2020年10月6日時点のものです。
*取材対象者のコメント、内容は個人の見解です。

 

 
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