メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2019.11.28この記事の所要時間:約6分

 

高齢化社会の到来とともに、介護を受ける人の割合も急激に増えつつある現代。それに対応する社会の仕組みを整えることが必要なのは当然ですが、一方で家族や近親者を介護する人(ケアラー)に対するサポートはこれまであまり注目されてきませんでした。しかしながらケアラー自身の健康や心に不安がある状態では、介護を受ける人に十分なケアを行えません。

そんな介護に関わる全ての人が集うための場所として千葉県柏市にオープンした「ケアラーズ&オレンジカフェ みちくさ亭(以下、みちくさ亭)」。今回はオーナーであり、カフェの運営を通して様々なケアラーの相談相手になってきた布川佐登美さんに、互いに支え合う地域社会の在り方についてお話を伺いました。

人とつながることの大切さを自ら体験

みちくさ亭は一面に広がる田園に面した、都市部から離れた場所にあります。一軒家を改築してつくったというカフェの玄関を開けると、平日にもかかわらず大勢の人が集まっていました。カウンターキッチンの奥には、調理スタッフたちが忙しそうにランチメニューを用意している様子が見えます。テーブルでは食事やお茶を楽しんでいる人もいますが、何も注文せずにおしゃべりしているだけの人も。

「ここには色々な人が訪ねてきます。あちらのテーブルのご夫婦は介護する側でもされる側でもありませんが、毎週ご来店いただいております」と布川さん。穏やかな物腰で、優しい笑顔が印象的な“みんなのお母さん”的存在です。みちくさ亭をオープンしたのは2013年のこと。きっかけは自身が経験した介護体験だったと言います。

布川佐登美さん

以前は都内に暮らし、映像関連の会社を経営していた布川さん。みちくさ亭に改装する前の一軒家にお住まいだったお母さまが認知症を発症し、突然の遠距離介護生活が始まりました。昼間は都内で仕事、夜は千葉の実家で介護、という二重生活。「近所の方から母がパジャマ姿で徘徊していると連絡があり、突然呼び出されることもありました。時間の自由が利く仕事でしたが、それがかえってよくなかったのかも。心身ともに疲れ果てているにもかかわらず眠れないので、眠らなくてもよい体になってしまったのか、と錯覚してしまいました。明らかに普通ではない状態なのに、自分自身では全く気づかなかったのです」と当時を振り返ります。

さらに義理のお母さままで病気で入院し、そのお世話も重なったことで、疲労はピークに。自身がうつ病を患って入院する事態にまで陥ってしまいます。「次第に重くなっていく実母の症状を受け入れられない、でも誰にも相談できないつらさ。自分が心底、役に立たない人間に思えました」。それが今から13年前のことでした。

そんな状況の中、布川さんを支えてくれたのは親戚の方でした。人と話すだけ、人が側にいるだけで安心感が得られることを身をもって体験し、自身の病を克服することができたそうです。実のお母さまが亡くなった後、受け継いだ家をどうするか、悩んだ末に出した答えが「認知症をはじめとする介護への理解者を増やすための場所づくり」でした。自分のように一人で介護や看病に悩むケアラーたちのために居場所を提供し、少しでも力になりたい。そうした思いからのスタートだったのです。

布川さんに飲食業の経験はありませんでしたが、ここに集う人々は「お客さま」という立場でいるだけでなく、「私にも何かできることはないか?」と積極的に手を貸してくれる方が多いそうです。そうした支えがあったからこそ、現在まで続けることができた、と彼女は語ります。

温かみのあるみちくさ亭

介護家族と一般家族が分け隔てなく関わる場

カフェには介護を受ける人を伴って入店される方もいます。「認知症を患って普段は外出するのを嫌がるのに『みちくさ亭なら行く』という方や、電車に乗って遠くから来られる方もいらっしゃいます」とのこと。ただ、利用者は介護家族ばかりではありません。実は利用者の過半数が、介護する側でも、される側でもない一般のお客さま。ケアラーが一息つける場所を提供すると同時に、介護に関わっていない人々との交流を通して「理解者を増やす」ことを目指しています。今は介護が必要なくても、いつ当事者になるかは誰にもわかりません。その時に備えて情報収集できる場でもあるのです。

「自分自身が介護に悩んだ経験をもつ人間の一人として、困っている人に手を差し伸べてきただけ」と語る布川さんですが、「人と人をつなげるのは得意」と言います。それはケアラーと介護職従事者の仲介に限りません。例えば、障がいがある子どもがいる家庭から「お金のことで悩んでいる」という相談を受けたら、司法書士や税理士、仕事を斡旋してくれる方を紹介することもあり、各分野の専門家を招いての相談会も定期的に開催しているそうです。

「介護は紛れもない重労働ですが、ケアラー自身が身体的・精神的に健康なら、意外とどうにかなることが多いです。問題は、やはり金銭面。経済的に悩み、それが原因で心のバランスを崩す方は少なくありません。そうした問題を一人で解決するのは困難です。色々な分野の専門家に協力を仰ぐことで解決できる問題かと思います」

みちくさ亭をオープンさせてから、布川さんは地域や介護業界のさまざまな会合に積極的に出向き、新たな人とのつながりをつくっていきました。「私自身、もともとの知り合いが少なかったからこそ、人との出会いを大切にできたのかもしれません」と布川さんは自身をそう分析します。そうして少しずつ築いていったネットワークがみちくさ亭の原動力となったのです。

アクションを起こすことで人のつながりが生まれる

相談だけなら、家族や友人、隣人にすればいい、と思われる方がいるかもしれません。しかし、「悩んでいることには必ず背景があり、それを相談するのは家庭の内情をさらけ出すことでもあります。親しすぎる相手には、相談できないこともありますよね」と布川さんは言います。
開店当初、近隣の方よりもむしろ遠方から訪れる人が多かったのも、そうした心理があるのかもしれません。布川さんはみちくさ亭を地域住民にもより多く利用してもらうために、千葉大学・筑波技術大学の学生たちと協力して店舗改装の企画を募集。その具体的施策として間口をリノベーションし、通りから家の中を見えやすくするなど、地域に溶けこむ努力を常に続けています。

地域住民が利用しやすいように店舗改装を行っている

また、介護中の方や介護を終えた方、同じ立場同士の介護者がざっくばらんに語り合う、共感できる仲間作りにも力を入れています。例えば、疑問点や問題点を整理する場「介護者のおしゃべり会」や認知症にかかっている本人とその家族が集う「認知症本人会」など定期的に会合を開催。さらに「納涼祭」や「年忘れパーティー」といった季節ごとのイベントも企画。とにかく催し物が多いのもみちくさ亭の特長です。「何か事を起こせば、必ずそこに関わる人も増える。そうして人との関わり合いを常に持ち続けることが自分の存在価値を確認できることになり、生きがいにつながっていくはず。そんな場所が自分の暮らしている地域にあったら最高でしょう?」と布川さんは笑顔を見せます。

介護しているから、介護されているから外に出られない。そんな意識が変わり、誰もが居場所を見つけることができ、顔なじみが近くにいる。家族や友人だけではなく、隣近所、地域の人々みんながお互いを支えあえる未来の実現に向けて、布川さんは挑戦し続けています。

布川佐登美さん

<布川佐登美さんプロフィール>
介護福祉士・保育士。自身の介護体験から、2013年10月に「ケアラーズ&オレンジカフェみちくさ亭」をオープン。高齢者や障がいを持った人やその人たちの介護を行う家族や近親者が、住み慣れた街で自分らしく暮らすことができ、社会への参加が行えるよう支援するための団体「NPO法人ケアラーネットみちくさ」を立ち上げた。介護者が集えるコミュニティカフェ運営のノウハウを活かし、全国で講演を行う。

 

*記載の情報は2019年1月16日時点のものです。
*取材対象者のコメント、内容は個人の見解であり、当社の公式見解ではありません。
また、その正確性を当社が保証するものでもありません。

 

 
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