メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2019.11.28この記事の所要時間:約6分

 

厚生労働省の発表によると、認知症高齢者は2025年に全国で約700万人に達する見込みといわれています(※1)。そのうち、神奈川県の推計は約45万人。ちなみに、45万人という数字は、平成28年度時点で神奈川県全域の小学生の数とほぼ同数です。
その推計を鑑みて、神奈川県が対策に動き出しました。その部署の名は「認知症戦略グループ」。わずか4人の担当者たちが始めたのは、横浜を拠点とするプロサッカーチーム、横浜F・マリノス(以下、マリノス)との連携です。全国初となる行政とプロスポーツチームによる「認知症未病改善」という取り組みは、どのように生まれ、どのような成果が出ているのでしょうか。

「認知症戦略グループ」という名前に秘められた思い

神奈川県では、県民全体の健康についての施策を推進している健康増進課(健康医療局保健医療部)の中に、認知症戦略グループという部署があります。認知症関連の部署は福祉系の課内に設置されることが一般的です。神奈川県では医療系の健康増進課内に認知症戦略グループが設置された理由について、グループリーダーの松谷さんは次のように教えてくれました。

松谷さん

「福祉系になると、どうしても認知症の方やご家族に向けた取り組みが中心になります。ますます高齢化が進む中、いかに認知症のリスクを軽減するかもこれからの大きな課題です。そのために、私たちは2017年4月、健康医療を所管する局にある健康増進課に認知症戦略グループを立ち上げました」

神奈川県の認知症対策に対する意識の高さは、専門部署の立ち上げだけにとどまりません。続けて認知症未病改善に対する考え方を話してくれました。

「私たちの心身の状態は、日々、健康と病気の間で連続的に変化しており、その変化の過程を『未病』といいます。病気の状態から、健康の状態へ改善するためには、食・運動・社会参加に取り組むことが大切であると考えており、健康な状態へ近づけていくこと、これが未病の改善です。
認知症の多くの場合も、急に認知症が発症するのではなく、徐々に発症するといわれており、日ごろから食・運動・社会参加を中心とした、生活習慣を改善すること、すなわち、認知症未病改善に取り組むことにより、認知症のリスクを軽減すると考えているところです」

健康増進、未病改善の観点から認知症に取り組んだ前例がない中で、認知症戦略グループの職員たちは、認知症専門医などの有識者らに見解やアドバイスを求めました。すると、「認知症未病改善には従来から知られる適切な食事や運動、人とのつながりや社会参加が大切。特に高齢者は子どもとの関わりによって認知症のリスクが減ることがある」という話を聞いたそうです。そうして「孫と一緒の取り組みはどうだろうか?」というアイデアが生まれました。

しかし、行政だけではリソースやノウハウが不十分。熟考を重ねた末にたどり着いたのは、神奈川県内に拠点を置くプロサッカーチーム、マリノスとの協力でした。長年、サッカーファン以外も含めた、地域との絆を深める活動をしてきたマリノスに白羽の矢が立ったのです。

「認知症未病改善」には食・運動・社会参加

マリノスは母体チームの創設から50年以上が経ち、Jリーグ発足時から日本のサッカー界を牽引しているチームです。歴史のあるマリノスが、スポーツの知識や競技普及ノウハウなどを持ち合わせているのは当然のことですが、実は地域活動にも力を入れています。コーチは食育インストラクターの資格も持っており、ホームタウンである横浜市、横須賀市および大和市の幼稚園や小学校などを回りながら、運動指導のほかに食育教育も積極的に行っています。

マリノスと協力すれば、認知症未病改善に必要とされる食・運動・社会参加その全てを実践できるかもしれない――神奈川県とマリノスが一丸となり認知症未病改善への取り組みが始まりました。

孫のためなら! 遠方でも参加する高齢者

神奈川県とマリノスが話し合いを重ねて昨年誕生したのが「お孫さんと一緒にサッカー教室 ~楽しく認知症未病改善~」というプログラムです。初めての開催地は、マリノスの本拠地横浜市内。半年間の計12回にわたるプログラムに、12組の祖父母とその孫が参加しました。中には、横浜に住んでいる孫のために電車を乗り継いで通うことを決意した祖父母もいたそうです。「狙いどおり、孫との交流で高齢者が社会参加のきっかけを作ることができました」と、松谷さんはにこやかに語ってくれました。

グラウンドで体を動かす参加者

サッカー教室とはいえ、プログラムでは楽しく運動することを主眼に置いています。初めはボールを持つ、投げるといった単純な動作からスタートし、徐々にほかの人とぶつからないように移動しながらボールを扱うなど複雑化して、頭も使うように進めていきました。それでも実際に始めてみると、高齢者と子どものどちらに合わせればよいかと悩む場面もあったと言います。

マリノスのコーチ、望月選さんは「状況に応じて伝える言葉、動きの速さや強さを変えるようにしています」と現場での工夫を教えてくれました。

望月さん

また、サッカーの練習の合間に歌やチアダンスを取り入れることもあるそうです。そういったときの不慣れな動きやちょっとした失敗も、ここでは場を和ませるエッセンスになっていると言います。参加者からも「みんなでやるのが楽しい」「いろいろな人と交流できて嬉しい」「(同世代の)動きを見られるので参考になる」「孫と一緒に楽しく運動が行えた」など、孫だけでなく、ほかの人とも関わりができることに好意的な感想が寄せられました。

見た目もデータも変化した“孫とサッカー”の力

精神的な変化は外見にも表れるようになります。「初めは部屋着のような服装で参加していた高齢者が、おしゃれでスポーティーなジャージに身を包んだり、自宅で練習してからサッカー教室に参加したりするようになったのです。以前よりも外出することが増えた、自分で料理するようになったという声も聞かれました」と松谷さんは言います。「家でも運動できるように、運動器具を買った」という参加者もいました。

山本さん

効果は数字にも表れています。職員の山本さんは「サッカー教室の初回と最終回に、監修を依頼している認知症専門医や臨床心理士の考案による測定を実施したところ、歩行スピードや握力など体力に関する項目、集中力や注意力など認知機能に関する項目のほとんどで、参加者の多数に数値の維持・向上がみられました。半年のプログラムでのこの結果に、私たち担当職員はもちろんのこと、監修している医師も喜びました」と話します。神奈川県とマリノスの取り組みは無事、認知症未病改善のための体力や認知機能の維持・向上という、目的を果たすことができたのです。

とはいえ、神奈川県の認知症未病改善の取り組みは始まったばかりです。松谷さんは今後の展望について教えてくれました。

「複数年かけてデータを集めて検証し、運動や社会参加を通した再現性のある、認知症未病改善のためのプログラムを作りたいですね。それを市町村で活用してもらい、県全体、さらには日本全国で認知症未病改善に取り組んでいけたらと思います」

参加者の笑顔

半年間の「お孫さんと一緒にサッカー教室」では、当初の目的である認知症未病改善の取り組みが実現できたこと以上に、参加者たちの笑顔が印象的だったと松谷さんは言います。プログラムの一環として参加者たちがマリノスの試合で来場者へのチラシなどの配布やテーブル拭き、託児所の設営など運営ボランティアとして活動していたときの様子は特に心に残っているそうです。

「『(イベント内容に期待して)次は、何をやるの?』と楽しそうに活動してくれました。あのような優しい笑顔は一人では生まれないと思います。認知症未病改善の取り組みを通じて、こうした笑顔が増えていけば嬉しいですね」そう話す松谷さんの顔からも自然と笑みがこぼれていました。

笑顔を見せる参加者

神奈川県とそこを拠点とするプロスポーツチームから始まった、全国初の認知症未病改善への挑戦。それは将来、高齢者だけでなく、日本中に笑顔をもたらしているかもしれません。

 

※1 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の概要」(平成27年)より

*記載の情報は2018年11月2日時点のものです。
*取材対象者のコメント、内容は個人の見解であり、当社の公式見解ではありません。
また、その正確性を当社が保証するものでもありません。

 

 
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