メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2018.10.19この記事の所要時間:約6分

大きな窓から明るく差し込む光。無垢材のフローリング、天井から下がる北欧照明。機能性とデザイン性を追求した空間は居心地が良く、住む人のことを大切にするというコンセプトが伝わります。ロビーには、昼食後のひとときを楽しむ入居者の姿が見られ、放課後の時間となれば、続々と小学生が訪れてきました。自宅にいるように子どもたちがくつろぐこの場所は、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)の「銀木犀 ギンモクセイ」です。

 

銀木犀には多くの子どもたちが集まる 銀木犀には多くの子どもたちが集まる

 

今回お話を伺ったのは株式会社シルバーウッド代表取締役の下河原忠道さん(以下、下河原さん)。現在「銀木犀」を11棟運営し、認知症を体感できるバーチャルリアリティ(VR)プロジェクトにも力をいれています。「認知症は予防だけが肝心なのではない」と話す、その言葉に込められた思いをお伺いしました。

高齢者住宅を自ら体験し感じた、変化の必要性

元々の本業であった建築業の受注が欲しいために、最初は単なるビジネスとしてサ高住の運営を始めたという下河原さん。当初は玄関の鍵を閉め、職員はユニフォームを着て「介護する側」、入居者は「介護される側」と分けていたそうです。しかし、入居者が2階から飛び降りようとした事件をきっかけに、下河原さんは「変わらないといけない」と決意しました。

 

下河原さん

 

実際に下河原さんが、自社のサ高住に住んで高齢者と同じ生活をしてみると「食事は美味しくない、外に出られなくてつまらない。職員にはホスピタリティというものが感じられなかった」と多くの問題点に気づいたそうです。「少しの間でも、そのままの状態で過ごすのはすごく気持ち悪かった」と介護用おむつも体験した下河原さんは「まさに綺麗な牢屋だった」と当時の様子を表現しました。経営者ではなく入居者として暮らしたことで、介護される立場の不安や苦しみがわかったのです。

「これではいけない」と思い、まず玄関の鍵を開けることから改善をスタート。「最初はみんな出て行きましたよ。よっぽど嫌だったんですね」と苦笑しながら当時を振り返ります。そこで食事内容を変え、職員のユニフォームを廃止し居心地の良い環境を作ることに注力しました。すると外に出ていく入居者は少なくなったと言います。「居心地の良い場所なら、人は出ていかない。当たり前のことですが、自分の親や将来の自分を綺麗な牢屋に閉じ込めたくない」。

住まいは“人が生きていく”ことの土台です。介護だけではなく「生活も提供していかなければならない」とサ高住の運営方針を見定めました。

普通に向き合うことが大切

下河原さんは“普通に接してストレスをかけないこと”を重視しています。認知症の入居者にストレスをかけ、できることを取り上げることが、気力や能力を奪っていくことになると考えているからです。

 

「認知症の人にはストレスをかけないことが重要」と語る下河原さん 「認知症の人にはストレスをかけないことが重要」と語る下河原さん

 

「重度の認知症のため病院で寝たきりで、なおかつ摂食障害の女性が入居しました。病院では手の施しようがないと言われて入居した女性ですが、薬を必要最低限に抑えて銀木犀で暮らしていくうちに、自ら下膳のために立ち上がり歩き始めました。このように元気になってきたのは、彼女が“生活の場”に戻ったからでしょうね」と話します。
銀木犀では各自で下膳を行います。この女性は例外的に職員が下膳をしていたそうですが、「周りを見て、当たり前のことをしただけではないでしょうか」と下河原さんは振り返ります。下膳ひとつとっても「自分でできることを奪わない」、「リスクさえも取り上げない」ことが大切。自分の力で課題を乗り越えることが、生きる気力に繋がるのです。

「管理と支配は紙一重。入居者の依存によって介護者もメンタルを病み、負のスパイラルに陥ります。何かあっても、介護者はとにかく明るく笑い飛ばすような余裕が持てればよいと思います」。コミュニケーションも「子どもに話しかけるような言いかたやきつい言いかたをしないで、相手を尊重して普通の話しかたで接するべきです」と下河原さん。これは高齢者と暮らすどの家庭でも言えることです。

シャキっと生きる。私はこの地域に暮らしている

銀木犀では、地域の皆さんを呼び込むイベントも多く開催しています。例えば、年に数回開催される「銀木犀祭り」。入居者を喜ばせるのではなく、入居者が地域住民をもてなすためのお祭りです。「銀木犀食堂」では毎日日替わりでランチを提供。どなたでも利用できます。入居者の「商店をしたい」の一言で始めた駄菓子屋も、小学生が訪れるきっかけとなりました。

 

入居者が運営する駄菓子屋は子どもたちに人気 入居者が運営する駄菓子屋は子どもたちに人気

 

高齢者の施設は閉じられた空間になりがちですが銀木犀は子どもたちや地域の皆さまが随時訪れるため半パブリック空間となります。「人の目を意識して身だしなみを整えることも、生きていく意欲やハリにも繋がります。人を楽しませたり、何か役立つことをしたい。そんなふうに気持ちが外に向くことで、社会性や積極性が生まれます。何よりも入居者だけでなく幅広い年齢の方々と交流することで、地域住民としての暮らしが実感できます」という下河原さん。

銀木犀は入居者の9割が認知症ですが、「私はこの地域に暮らしている」と自覚することがシャキっと生きる理由になるのです。

「生きがい」、「役割」、「社会参加」、その先にあるもの

高齢者の生きがいや社会参加を具体的に考えてみると、自ずと「就労」という形が見えてきます。「最近では高齢者だけが入居している住宅に違和感を覚えてきました。そして理想の形を突き詰めたら、普通の賃貸住宅になりました」と言い、現在は「仕事付きサービス付き高齢者向け住宅」を準備中とのことです。その一環として、認知症や障害を持つ人が働けるレストランを敷地に併設する計画を立てています。認知症でもできることではなく、「認知症のある人だからこそできること」を社会で証明したいというも思いが原動力になり、下河原さんの理想の形を築き上げたのです。

 

今後の取り組みについて説明する下河原さん 今後の取り組みについて説明する下河原さん

 

下河原さんは、認知症に対する考えや向き合いかたを変えるために、誰もが認知症を体験できるVRプロジェクトも行なっています。認知症の人が働いているところを見たときに「私より年を取っていて認知症でもこんなに元気なら、私も負けずに頑張ろう」と思える、そんな寛容な社会になれば、世の中はもっと明るくなりそうです。

人生、何があっても柔軟に対応できる価値観を

定年退職や病気などで生きる環境が変わっても大らかに明るく笑い飛ばすことができれば、一生楽しく過ごせそうです。下河原さんは認知症を“第2の人生のスタート”と言います。認知症になっても、新しい可能性を拡げながら、これまでと同じように家族や地域住民と歩いていくことが理想です。

取材中、タバコを吸いに外に向かった入居者に「お、やってますね」と笑いながら話しかける下河原さん。周囲を見渡せば、ランチを楽しむ母親の後ろで走り回る子どもたち。高齢者が安心して暮らし、人々と交流できる場所は、実は幼い子どもたちにとっても有益な環境です。

 

子どもたちが多く訪れる銀木犀の様子 子どもたちが多く訪れる銀木犀の様子

 

ゲーム中の男の子がゆっくり歩く入居者をじっと見つめて会釈する。入居者に「ねえねえ、撮影しているよ」、「テレビかしらね」と自然に話しかける女の子。お年寄りがいて、子どもたちがいて、ママや赤ちゃんもいる。銀木犀のこうした光景は、子どもたちにとって当たり前のことなのでしょう。居心地がいいから人が集まる。世代を超えたコミュニケーションによって、お互いの関係性は活性化されるのです。

「いろんなコミュニケーションがあってもよいですよね。“こうあるべき”と考えに固執せず、柔軟に価値観を変化させていば、豊かなつながりや環境を作ることができると思います」という下河原さん。病気や年齢、立場などで限定せず、さまざまな人々が集う銀木犀。下河原さんの実体験を具現化したサ高住は、凝り固まった理念を打破して実現した、ひとつのダイバーシティの形なのかもしれません。

 

下河原忠道さん

 

<下河原忠道さん プロフィール>
株式会社シルバーウッド代表取締役/薄板軽量形鋼造(スチールパネル工法)躯体販売事業/サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀 ギンモクセイ」運営事業 /認知症への理解を深め、問題解決を目的とした「VR認知症プロジェクト」開始

 

 

関連記事

ニュースレター購読をすると読める、福岡伸一さんのプレミアムコンテンツ

資料請求、保険料シミュレーション、保険のプロへのご相談なら

メットライフ生命公式サイト

Posted: October 19, 2018