メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2019.6.14この記事の所要時間:約6分

セカンドキャリア。多くの人はこの言葉から、「定年退職後にはじめるスポーツ選手の転職」を思い浮かべる人もいるかもしれません。

最近ではスポーツ選手に限らず、会社員でも定年を待たずに職を退き、早期にセカンドキャリアをスタートさせる人々も見かけるようになってきました。今回は、40歳で経験したある出来事がきっかけで自分の生き方に向き合うようになり、54歳で「造型師」という珍しいセカンドキャリアをスタートした岡健之さんにお話を伺いました。会社を早期退職して独立に至った経緯や葛藤、今後の人生設計に迫ります。

40歳で気付いた「造型」という才能

造型師とは、フィギュアや模型の造型を行う仕事。一点物の作品を作り上げることもあれば、フィギュアを工場で量産するためのひな型(原型)を制作することもあり、高い技術力や企画力が求められる職業です。「愛好家の間では、少数生産されるガレージキットという組み立て式の模型が人気です。今やフィギュアは大人の趣味としてだけでなく、美術品としても価値が付きはじめ、格式あるギャラリーから出展の声がかかるようにもなりました」と岡さんは話します。

 

岡健之さん 岡健之さん

 

岡さんが造型師としてセカンドキャリアを歩み始めたのは54歳ですが、きっかけは40歳にまでさかのぼります。「息子の夏休みの宿題で一緒に怪獣を作ったら学校で話題になり、気を良くした私はプロの造型師に会って作品を見てもらいました。すると作品が認められ、その方の展示スペースの一部をお借りして展示会デビューすることになったのです」

独立への希望と不安

展示会への共同出展を重ねる中で、岡さんの作品はファンを増やしていきました。そして42歳の時、ついに単独出展できるようにまでなったと言います。しかし、造型の腕や評判が上がるにつれて、岡さんの中で葛藤と熱い思いが込み上げてくるようになります。

「このまま会社員として上を目指すのか? それとも好きで情熱を注げる造型師として生きていくのか? と思い悩むようになりました。本音はもちろん、後者の生き方をしたいと思っていました」

とはいえ岡さん自身、趣味として始めた造型師を仕事にした場合、食べていくのが簡単でないことはわかっていました。当時は育ち盛りの3人の子どもを育てるのに精一杯の状況。それでも造型師として生きる道を諦めきれない岡さんは一度冷静になり、当面は会社員を本業、造型師を副業として続けながら、造型師として独立するための計画を立てることにしました。

実績と熱意で家族や職場の理解を得る

計画を進めていくなかで、岡さんは家族にも、造型師として独立したいという思いを伝えましたが、やはりすぐには理解を得ることができなかったと言います。

「子どもたちの教育費がかかる頃だったこともあり、妻には心配されました。造型師はあくまで趣味で、食べていくための仕事ではないと考えるのも無理はないと思います。しかし、どうしても自分の夢を実現したいという思いが止められなくなったのです」

岡さんは家族と話し合いを重ねながら制作活動を続けました。技術を磨き、定期的に展示会を開催することで、さらにファンが増えて作品が売れる機会も増えていきました。こうしたテレビや有名なメディアからの取材を受ける実績を積み上げていくことで、徐々に奥さまも岡さんの夢を認めてくれるようになったそうです。

 

造型工房に飾られた迫力満点のフィギュア 造型工房に飾られた迫力満点のフィギュア

 

「人に認めてもらうのに必要なのは実績、そして最後は熱意だと思います。当時勤めていた会社の社長に副業のことを打ち明けた時もそうでした。今ほど副業が一般的でない時代だったので迷いましたが、造型師としての活動が軌道に乗ってきたこともあり、きちんと伝えなければと思い、話すことにしたのです。熱意が伝わったのか、展示会に足を運んでくれたり作品を社長室に飾ってくれたりと、好意的に受け入れられました」

こうした岡さん自身の経験から、セカンドキャリアについての考えを語ってくれました。「セカンドキャリアを目指すにあたり、早期退職して独立するか、会社員を貫くのか、選択は個人の自由です。それらはあくまでも働き方の違いでしかありませんから。大事なのは、独立する、しないにかかわらず、自分の好きなものや情熱を注げるものを見つけることだと思います」

綿密な計画と入念な準備。その果てにチャンスが巡ってきた

岡さんは、独立計画を具体的な数字や行動に落とし込んでいったそうです。「はじめに、子どもの教育費と家のローンの支払いが終わるのが55歳と試算できました。次に考えたのが、不安定になりやすいといわれる、起業直後の3年間を乗り切るために必要なお金。失業保険や補助金はどのくらいもらえるのかと調べているうちに、商工会議所へ相談に行けばよいと知ったので、事業計画書の作り方などを習いに行きました」

 

1つ1つの作品が精巧に作られている 1つ1つの作品が精巧に作られている

 

さらに岡さんは独立後の行動計画も立てていたと言います。販売網を広げるためにどこにアプローチしたらよいのか? 造型師としてどういう人が生計を立てられているのか? これらを調査、分析するのに会社員時代の経験が生きたそうです。

「造型師をはじめ、世の中にはマーケティングや書類作業が苦手な方も多くいます。しかし、私は会社員経験が長く、開発部門の管理職として企画や企業タイアップにも関わっていたので、これらを比較的スムーズに進めることができました。独立した今でも、会社員というファーストキャリアがセカンドキャリアの役に立っていると感じることが多々あります」

このように、着々と計画や準備を進めていた54歳のある日、転機が訪れます。会社の業績が傾き始め、早期退職希望者の募集が始まったのです。もともと55歳で退職することを目標に準備を進めていた岡さんでしたが、「今しかない」と退職を決意。退職金の増額分で教育費やローン、開業資金を補い、当初の予定より1年前倒しで本格的にセカンドキャリアをスタートさせました。

セカンドキャリアへの迷いがある方たちへ

岡さんは現在、作品の制作に加えて造型の講師もしています。

「きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災で地元、福島が被災したことです。地元に住む友人に、何かできることはないかと聞くと、子どもたちのために造型教室を開催してほしいと言われました。開催してみると、子どもたちの元気さや発想力から、私の方が刺激を貰う結果に。教えることが自分の制作活動の糧にもなるとわかったのです」

こうして始めた講師の仕事。現在、岡さんが主宰する教室には小学4年生から60代の方まで、幅広い年代の生徒たちが通っています。中には岡さんの生き方を見て、今後の人生について相談してくる方も多いそうです。

「30代の生徒さんからは、今の仕事を一生続けていける自信がないが、どうしたらいいかという相談を受けました。これに対し私は、まず好きなことを仕事と並行して行い、好きなことが仕事として成り立つか挑戦してみては、とアドバイスしました。勢いでセカンドキャリアに進むのではなく、まずは環境を整える。私のアドバイスが若い方たちの役に立ったら嬉しいですね」

お金で買えないものを継承したい

ふとしたきっかけから情熱を注げるものを発見し、充実したセカンドキャリアを手にした岡さん。先日、幼なじみから「岡は、宝くじに当たったような人生を歩んでいるのでは?」と言われたそうです。その言葉に対し岡さんは、「毎日好きなことができて充実した人生を送っているので、確かにそうだと思いました。むしろお金で買えないものを得たとさえ感じています」と頷きます。

そして、起業から3年が経った岡さんには新たな夢が生まれました。

「造型教室に来ている生徒さんが働き方に悩んでいたら、私の会社を継いでもいいよと言える状態になるまで造型技術を教えていきたいですね。自分がかつてデビューのきっかけを得られた展示会へ一緒に連れて行くなど、技術だけでなく生き方も継承できれば」

セカンドキャリアを歩む生き方を選ぶ人は増えつつありますが、手本となる具体例はまだまだ少ないのではないでしょうか。岡さんが作っているのは作品だけでなく、自分らしく生きたい人々にとっての一つの理想形なのかもしれません。

 

岡健之さん

 

<岡健之さんプロフィール>
造型工房「キトラ」主宰。54歳の時に独立し、当初、会社員との副業だった造型師業に専念。ゴジラなどの怪獣や龍をモチーフにした作品を作る。造型師業をはじめるきっかけとなった「双龍と5匹の隠れ猫」は、東日本大震災の復興支援の一環として、出身地でもある福島県矢吹町に寄贈された。現在は、造型教室などの講師業も行う。

 

*記載の情報は2019年6月14日時点のものです。
*取材対象者のコメント、内容は個人の見解であり、当社の公式見解ではありません。また、その正確性を当社が保証するものでもありません。

 

 
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